おてがみぼっくす

モラトリアムの終結

わかったような気になって

以前、過去記事のどこかでセルフモニタリング機能が著しく低いと書きました。

自分の限界点を把握することができない、と。

これは脳機能の問題のようで、経験しても学習することもできません。

おかげで今、就職先を考える時に大迷惑しています。私の脳機能、働け。

 

今回問題になっているのは、自分の体力がどれくらいあるのか(ないのか)把握できず、就業条件を決められないことです。

私はどうしても関東に居住地を移したいのですが、フルタイムで勤務可能か否かによって勤務地が大きく変わります。

現在は北国で家族と暮らしています。以前は交際相手と暮らしていました。

しかし、関東では一人暮らしをすることになるため、フルタイムで働くことが必須条件になるのです。

 

ではでは、自分の状態はどうかと考えた時に、

わ か ら な い。

 

私の脳内を文章化するなら以下のようになります。

 

数年前は正社員として8時間パティシエをやっていたが3ヶ月で退職した。だから無理をすればできるのではないか。

しかし前職、前々職は6時間勤務だったが辛かった。毎日鬱状態になっていたのは記憶に新しい。

しかし無理をすれば鬱状態でも働けることが証明されているではないか。だが、その間何回自殺を図っているか分からない。

結論、自殺しても働ければいいのか。あ、死んだらだめなのか。でも無理をすれば自殺しなくてもいける。

以下無限ループ。

 

願望と現実が混ざっているのは分かるのですが、結局自分の体力は把握できないわけです。

8時間勤務は難しいと主治医からは言われたことをついさっき思い出しましたが、難しいと不可能は違うよな…ということを延々と考え続ける始末。

先生、7件法で回答していただけないでしょうか。

 

わかったような気になって、実際にはなにもわかっていない。

セルフモニタリング機能は治ることなく、全か無か思考に縛られ続ける。

生きづらいですね。

しゃっとあうと

起こることはすべてネタ、と言い切れる自分に戻りたくて書き始めたこのブログ。

ネタにでもしないとやってられない人生です。

 

基本的にブログを始める時は精神的にギリギリのところで動いている時です。

もうつまり今は崖から転落しそうなのです。

文章は命綱のようなものなのだと思います。

自分でも文章を書くことがなぜ命綱になっているのかよくわかりません。

昔だったら喜んで考察していたのかもしれません。

文献を漁っただろうか。

 

しかし今わたしは「こころ」というものからしばらく離れていたいのです。

放っておいてほしい。

個人的メモ

レポート2本が9割方片付いたので戻ってきました。

1割残さず提出しろよ、という声が聞こえてきそうですが、これには理由があるのです。

私の脳内には深夜文章執筆禁止条例というものがありまして…あるんです。

ポエムと手紙は朝に書け、と世間一般でも言うじゃないですか。

文章を校正する時は一晩寝かせるべきなのです。

そして自分も寝る、と。

勿論、パン生地や燻製のように文章が発酵するわけではありません。

パンクしそうになっている脳を落ち着かせるのです。

 

はい、前置きはこの辺で終わらせます。

今日は日記を書きたいと思います。

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映画を観てきました。

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お肉を食べてきました。


『君の名は』以来の映画館でした。

ペンギン・ハイウェイ』はあと5回くらい観たい映画です。

 

以上で日記をおわります。

 

明日のTodo

・レポート提出

・切符発行

・PC発送

・荷物準備

 

 

NEGATIVE

卒業要件単位…124単位

修得済み単位…137単位

不足単位…スクーリング科目2単位

 

スクーリングに行かないと2単位は取れないことが判明しました。

卒業確定までにはどうやってもあと1ヶ月はかかる、と。

どうしようもないので他の科目で4単位取って戻ってきました。

 

…現在心理学部ですが、心理学に対する熱意は薄れつつあります。

これについては今は書く気になれない(言語化してしまったら完全に熱意がなくなりそう)ので、卒業してから触れたいと思います。

一言でいえば、他に興味が逸れてしまったということでしょうか。

そのうち文学部に編入したいなと考えています。

 

…まあ、熱意が薄れたところで単位は取らなきゃ卒業できないわけで。

ネガティブ極めててもどうしようもないです。

レポートを2本ほど完成させたら戻ってきます。

今度こそ戻ってこれないかも。

でも書きたいことは山積みなので戻ってきます。

 

過去記事後記

これで今日の更新は終わり…のはず。

過去記事の断片から、私がどんな人生を歩んできたかおわかりいただけただろうか。

それではもう1度…

 

replay

 

…あんな目に二度と遭ってたまるか。

これからは幸せに生きるのですよ。まずはモラトリアムを終わらせます。

 

さてさて、現在の話に戻りましょう。

そろそろスクーリングが近いので学校ネタを。

と思ったのですが、何も準備していないことに気づき焦り始めました。

卒業が確定した頃にまた戻ってきます。ちなみにあと2単位で卒業確定です。

 

 

過去記事b

最初の幽霊

 

 

ボクは幽霊を信じない。
夜のお墓に行ったって、足の無い女の人はいない。
花束が置かれている交差点を通り過ぎたって、血まみれの透明な人に睨まれたりしない。

動物図鑑や植物図鑑、恐竜図鑑をたくさん読んだ。
何処を見たって、幽霊なんて載っていない。
幽霊はいない。

死んだ僕のお祖母ちゃんが守護霊だって言うけれど、後ろを見たっていない。
殺人事件が起こった公園の近くに住んでいるけれど、遊んでいるのは皆生きてる子供たち。
ほら、いないものはいないんだよ。幽霊なんていないんだ。

ボクは幽霊を信じない。
信じない。

だから友達にも先生にもママにも言った。

「幽霊はいないんだよ!」

友達は、「そんなの皆知ってるよ」と言った。
先生は、「どうしてそう思うの?」と聞いた。
ママは、「そう思うんだったらいないのよ」と笑った。

 

ママが死んだ。
「事故注意」と書かれている交差点で、死んだ。

燃やされて、ママは骨になった。
骨は、理科の教科書に載っている模型みたいなのじゃなくて、小さくて白くて軽くてすぐに崩れる、変な感じのものだった。
骨になったママが入った箱をお墓に埋めた。
ママが死んだ人になった。

ママがいなくなった家の中はシーンとしていた。
時々おじいちゃんが話すけれど、誰もいないみたいに静かだった。

ママはいない。
幽霊はいないから、死んだママが帰ってくることはない。

幽霊はいない。
いてほしいけど、幽霊はいないから、いないんだ。
ママの幽霊、いないかなぁ。

「そう思うんだったら、いないのよ」

記憶の中のママが、笑った。

 

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2011年の短編小説。

当時8歳のイトコに、「一番最初の幽霊って誰だろう?」と言われて書いたもの。

今まで書いた物語の中で唯一まともだと思っている。